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Vol.14 ビーチ あらゆる存在の中に光と美を見いだす

BEECH
学名:Fagus sylvatica
和名:西洋ブナ

【エッセンスが必要な状態】

 

批判的。狭量。高慢。
  欠点を批判する。

【エッセンスで得られる効果】

 

思いやり。寛容。あらゆる存在の
  中に神聖な計らいを見抜く。

暗闇から光の中へ~Hさんの誓い

ビーチのマイナスの状態はつらい。
だれかに対しての厳しい批判と怒りに心の全てを占領されている。
そこには、相手との気持ちのやりとりがない。
一方通行の私の不満。息がつまってしまいそう。

ウェールズで、大きくて立派なビーチの木を見た。
光を通さないビーチの木の下には、ほかの植物が見当たらない。
むき出しの茶色い、暗い土の上に、まっすぐにビーチの白い幹が伸びている。
暗闇にひとり、ぽつんと立っている。
その姿があまりに孤独に見えて、泣いてしまった。
ビーチが自分と重なって見えた。

自分で人を遠ざけていながら、ほんとうは寂しくて仕方ない。
そんな気持ちさえもフタをして、感じなくしていたなんて。

それでも、暗いビーチの近くには愛情深いホリーだけは生えている。
ホリーがやさしい夫の姿と重なって、またしても涙があふれてきた。
ビーチは本当は幸せものなのかもしれない。

そんなビーチの幹を伝って、私は意識を上へとのぼらせてゆく。
太陽の光を一心に集めた葉の間を伝ってゆく。
私は広い空へと突き抜ける。
眼下に広がる世界は、さまざまな木々や花や丘や川がそれぞれの命を生きている。
そして、それぞれの命が心の中に私と同じように暗闇を抱えている。
ならば、そこは批判するところではなく、尊重すべきところであるはずだ。

それぞれが、あるがままに精一杯生きることで世界に調和があるならば、
私は、何を批判するというのだろうか?
再びビーチの葉を通りぬけ、幹を伝って下へと降りる。
ホリーが反射した光をやさしく投げかけてくれる。

私は自分の心の中に、批判や怒りではなく、
光を入れてゆくことに決めた。

ビーチの木は高くて美しいが、もろく不安定な面も

 ビーチはヨーロッパの樹木の中でも、特にその美しさで褒めたたえられている木です。なめらかな樹皮、透き通った緑色の若葉、 その葉に刻まれた完ぺきなプリーツの葉脈。太陽の光を効率よく受け取れるよう、葉を水平に広げてつくる天蓋。 ビーチの森では肌に伝わる温度も明らかに涼しく感じます。

 それゆえ、ビーチの足元には光や雨が十分届かず、ほかの植物が育ちにくい環境にもなっています。そんな薄暗いビーチの森の中、 柔らかく整った輪郭のビーチの葉と対照的に、濃い緑色のトゲトゲした葉をもつホリーは光を集める力があり、 幹をくねらせてビーチのそばで成長します。

 厳しい生存競争の中で光をまっさきに手に入れようと、ビーチは高く大きく枝を広げますが、その根は浅く、 激しい嵐に遭うと倒れてしまうもろさがあります。どんな存在でもその個性は二面性をもちますが、美しく賢いビーチの木は、 ほかの存在を遠ざけてしまい、ひとりで立つ安心感と確かさに欠けている面があります。

自らの壁を突き破り、他者の存在を認められるようになる

 Hさんが表現しているように、ビーチのマイナスパターンを改善するカギは物の見方にあります。 他者に対して批判的になってしまうのは、人や出来事に対して明晰な観察眼があるために、欠点や問題点に気づきやすいことからきます。 細やかに物事を見る力があるということは、必然的にそこで得た情報なり知識なりをどのように役立てるかを問われることでもあり、 情報量のみが増えると知的活動に重点が移って、相手の立場に立つよりも、相手を判断しがちになってしまいます。

 こういった状態に陥ったときには、Hさんの意識がビーチの幹を伝いのぼって天空へと突き抜けたように、自らの立場を突き破り、 高く広がりある世界から地上の存在を眺める能力が必要です。それは神の視座といえるかもしれません。
 ビーチが調和した状態になると、目に映る世の中の不安定さや人間の愚かさの中に、正しい、間違っているという判断を超えて、 それぞれの魂がたどるべき学びのプロセスを、私たちは見出すようになります。

心を静めて、神聖なる知恵と出会う

 時代をさかのぼると、ケルトと呼ばれる民族の中で、ビーチは古代の知識と文字を象徴していました。かつて文字はこの木に書かれ、 その知識が後世に残るよう大切に保管されていたのです。
 神聖な知恵が正しく伝えられていれば、人々はどんな時代にあつても、世界の中に、美を見いだすことができるのです。
 情報のみあふれ、本当の知恵を失いかけている現代には、ビーチはとても重要なエッセンスの1つといえるでしょう。

 イギリスのチルターン・ヒルで、落ち葉がいっぱいに敷きつめられたビーチの森を歩いたことがあります。 静かな森に柔らかい日射しがさしこみ、落ち葉のじゅうたんの上を、影がストライプに濃淡をつけていました。
知らぬ間に、精神は内に向かい静まっていきます。ビーチは孤独であるかもしれませんが、ひとりでいることで、 自己の中心に静かに還っていくことができるエネルギーをもちます。
 足元の落ち葉のカサカサする以外には音がない静寂の中、 お気に入りの本を持参してひとりこの森に来てゆっくりと思索ができたらどんなに素晴らしいかと、そのとき私は考えていました。
 そして日本に帰国後、Book(本)の語源がビーチだと知り、心から納得できました。

2006.09.01

 

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