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Vol.24 パイン ありのままの自分を許し、いつくしむ

PINE
学名:Pinus sylvestris
和名:ヨーロッパアカマツ

【エッセンスが必要な状態】
罪悪感を感じ、自分を責めがちである。

【エッセンスで得られる効果】
自分を許し、受け入れる

ありのままの自分を許し、いつくしむ

Yさんの体験談

 パインのマイナスの状態である“罪悪感に関して意識している出来事”は、姉が 亡くなったことにあります。姉の死に対して自分に責任があると感じ、そこか ら自分を許せなくなっていました。彼女の人生にあったであろう未来や可能性、希望を考えると、自分の存在よりもよっぽど世の中のためになる人であっ たと思え、人生を楽しむことは罪悪に感じました。 けれども、苦しみながらも姉の死 から10年を経て、2003年にパインのエッセンスに出会うことによって、苦しみだけで は生きていけないこと、喜びや楽しみを抑圧している限り、生きている感覚や感謝の気持ちがわいてこないことに気づきました。
 このエッセンスは、松の香りのように混乱している神経を静め、頭をスッキリ させてくれるようでした。家族の問題で罪悪感を抱えているうちに、逆に自分 の負うべき人生の責任から逃げてしまっていたのかもしれないとも思います。「来るものを拒まず」ではなく「来るものを選んでいくこと」を考えなく てはならないこと――。パインのエッセンスは、私にとって“生きているという感覚”を呼 びさましてくれる、大切なものになっています。

自責の念が強い日本人には縁が深いエッセンス

 パインは本当に心にしみこみます。たとえば仲の良かった友人とモメてし まったり距離ができてしまったりしたとき、「自分が悪かったんだ」と責め てしまう経験はだれにでもあるのではないでしょうか? 「和をもって尊しとす る」信条をかかげる日本人には、とりわけ縁の深い1本がこのパインだと思います。強い風にさらされて立つ松の木立ちは、見るものに哀しみを思いおこさせることもあります。それはズシリと重い悲しみではなく、「それでも私は旅立ちます」と羽衣を まとって天に帰る“天女のもつ哀しみ”に似ているかもしれません。
 若いころは、白か黒かハッキリさせて迷いなく道を歩いていると思 い込んでいましたが、だんだん物事を、そして自分自身というものを知り、 感じとる心が育っていくにつれて、“選ぶ”ということの意味の深さに立ち往生するようになってきました。
 あの人と上手くいかなく なってしまったのはどうして? 私があのとき、ああしていなければ、あの一言 を言わなければ、またはそれ以前に最初からあの人と親しい関係になろうなん て思わなければよかったのではないかしら? 自分がそこに立って空間を占有し、そこの空気を吸っていることさえも申しわけなく感じ てしまう。それでも自分が存在する価値を“選ぶ”ということ、自分には価値が あるという考えを“選ぶ”ということは、覚悟が必要なことです。

親にしっかり認められずに育つと……

 パインのマイナスの状態におちいりやすい人とは、子供のころ親に厳しく 育てられたケースが多いと本には記されています。確かに愛と支えを言葉として 投げかけられて育ったならば、“ここにいてよい”という承認を得てゆくことができます。
 けれども、Yさん、そして私もそうですが、自分を責めてしまいそのまま 深みにはまってしまう傾向のある人々には、本当にパインのエッセンスは助け となります。
 パインのエッセンスは、精神に明晰さを与え、存在の深みに許しをもたらすきっ かけを与えてくれます。この世に生まれてきて、父と母の存在によって生命が育まれ、その絶対的な存在である両親から「自分は深く承認されていない」という思いをもって育ったとしたら、心の奥底に自己存在への不信感が住みついてしまうことでしょう。
 また、たとえ大切に育てられたとしても、“悪い”と見なされることを心に抱いたり、行動にうつしたりすることによって、自分は罪を犯したという衝撃に貫かれて、心に影を負ってしまう場合もあるでしょう。

「罪や過ちを犯すことも“生きる証”」と受け入れる

 大切にしてきた仕 事や人間関係において予期しなかった問題が生じたときに、「自分に非があったのだろうか?」と私たちは自問自答します。心の奥 の不信感が浮上するのは、そんな時です。 
 連鎖反応のように過去のさまざまな苦い経 験も浮かんでくるでしょう。罪の意識にさいなまれて、正しい判断力を失ってしまいます。人生の中で体験できる喜びや輝きは、自分とは別の世界のことのよう に感じるでしょう。これは本当に私たちにとって、その魂にとって不健康 な状態といえます。 
 生きているということは、“生きることを選んでいる状態”といえます。生きることを 選んでいるということは、罪を犯した、またはこれからも罪や過ちを犯すかもしれない自分という存在をよしとして受け入れることで す。罪がなかったから許すのではなく、きっとおそらく神がそうしてくださって いるように、善も悪もすべてひっくるめて許すということなのだと思いま す。
 そしてパインは、私たちの存在が根底から深い愛によって許されていることに気づかせてくれる存在なのです。

 Yさんは罪悪感をかかえているうちに、逆に自分の負うべき人生の責任 から逃げてしまっていたのかもしれないと気づきました。自分に対して批判的に接するのではなく、与えられ、許されている人生をどのように生きるか、精一杯とり組むその生き様 にこそ尊い価値があります。
 異なる考えをもつ他者とのかかわりの中で、入り組んだ数百もの未来への可能性について、物事を深く考える力があるからこそ、私たちは悩むのです。それでも哀しみとともに切り開いてゆく自分のための道です。
 松の木はごわごわとはがれやすい荒れた樹皮をもち、針のような緑の葉をたくさん落とします。そしてその体内には、生まれ変わりの力を宿らせています。 
 パインの樹のそばにいると、自分の人生をすべて受け止めてもらえていることを感じます。そして、この世に生きているということ自体がギフトなのだという思いに目覚めさせられるでしょう。

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